2007年04月07日

泣ける2ちゃんねる。

幼稚園に入るちょっと前ぐらいか?
子供の頃に毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。
大きさは、自分よりも大きかったから、犬のゴールデンレトリバーぐらいだと思う。
がっしりとした体で足が太く、体は真っ白で毛が長く、目は濃い水色で透き通ってた。
今でもハッキリと覚えてるのは、
尻尾が5本あった事と、
両目の間から山吹色の短い角みたいなのが一本生えていた事。
俺はその動物を「ワンタ」と呼んでいた。
俺が好きだったグレープジュースを一緒に飲んだり、
白い柔らかなせんべいみたいなお菓子を分け合って食べたりしてた。
よく俺がワンタと一緒に遊んでいると、おふくろは一度だけワンタを見た事があるからなのかな、
ジュースを2つ用意してくれたのを覚えてる。
ただ、親父にはワンタは見えないらしく、勝手にワンタのジュースを片づけてしまったりして、よく俺が泣いていた。
ワンタは中学校に入るちょっと前ぐらいに
『もうお前と遊ぶことができなくなってしまうなぁ。
 でも、いつもここにいるからな』
みたいな事を言われて以来、ワンタと会えなくなった。
中学校1年の中頃まで、毎日のように庭に出たけど、
あの日以来、ワンタの姿を見る事はできなかった。
どうして、突然、こんな事を書こうと思ったかと言うと、
実は俺、ちょっと前まで膵炎で入院してたんだ。
痛いし、何も飲み食いできないしで、えらい苦しかったんだけど、
ある夜、夢にワンタが出てきたんだ。
俺がベッドで横になっていると、俺の足下にワンタが座ってた。
「ああ、久しぶりだなぁ……」
と俺が言うと、ワンタは、心配そうな顔つきでじっと俺の顔を見つめると、
突然ガウッと吠えて俺の胸に食らいついた。
痛みはなく、ワンタが何かをしてくれているという事を感じたので、
しばらく胸元に食らいついている姿を見ていると、
やがて顔をあげたワンタの口に何かがぶら下がっていた。
黒いゲジゲジのような虫のようで、それは空気に解けるようにして消えてしまった。
『もう大丈夫だな』
ワンタがそう言った所で目が覚めた。
翌日、目が覚めると体が軽く、その夢を見た日を境に俺の体調は、
医者も驚くほどの早さで一気に好転していった。
子供の頃に毎日のように一緒に遊んでくれた不思議な動物がいた。
俺の子供の頃の記憶から飛び出したワンタは、俺を救ってくれた。
おそらく、何となくだけど、もう生きている間には二度とワンタと会えないような気がする。
庭に向かってお礼を言っても、それが伝わっているか、今の俺には分からない。
だから、このスレに書かせてほしいんだ。
ワンタ、助けてくれてありがとう。
たまに、庭にグレープジュースを置いておくから飲んでな。

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2007年03月29日

泣ける2ちゃんねる。

母は、僕を女手一人で育てた。
僕の幼かったころに、亡くなった父は、マンションの10階を母に残した。
そのマンションからは、夏に花火をみることができる。

父と母が過ごした街の花火。
毎年花火の時には、窓際にテーブルを移動して、母と一緒に父を偲んだ。
花火はいつもきれいで、母はうれしそうだった。
父は、母に素敵なものを残したなっと思った。

でも、それは長くは続かなかった。
僕が高校の時に、うちのマンションの前に、もっと高層マンションが建設されたのだ。
僕は、景観が悪くなるなぁって、思ってた。

その年の花火の日、いつものように、テーブルを移動して準備してた。
花火みれるかな?って、心配だった。

花火みれなかった。見事にマンションで見えなくなってる。
音だけの花火。
あんなに悲しそうな母の横顔を見たことがない。

僕は、母を連れて、川辺に歩いていった。
母と見上げた初めての花火。

父さん、心配するな。これからは僕が母さんを笑顔にする。


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2007年03月25日

泣ける2ちゃんねる。

昨日、私が緊急に手術を受けることになりました。
(簡単な一時間程度の手術)

手術前は
「おなか減った〜。
 お前が手術室に行ったら
 俺は一人ですぐご飯食べに行くから!」
ってしきりに言っていた旦那。
(朝から飲まず食わず。ちなみに手術は夕方。)

で、手術が終わって病室に戻るときに
旦那がかけよってくる足音が聞こえました。
意識が戻っていた私に
「何が食べたい?買ってくる!」
と言って私の分と自分(旦那)の分を買ってきてくれた。

なにさ。
私が手術室に向かったらすぐご飯食べに行くって言ってたくせに。
食べてないじゃん。
食べるどころか飲み物も飲んでないじゃん。
チョト、泣けた。


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2007年03月23日

泣ける2ちゃんねる。

大好きなあなたへ

1年たってやっと
空を見上げる事が出来る様になったよ。

そこから私の姿は見えてますか?

いつか私もそっちに行くから 絶対待っててよ!!
天国で再び出会えたら
今度こそ 結婚しようね。

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2007年03月16日

泣ける2ちゃんねる。

お父さん

「男は人前で泣くものではない」と厳しく言ってましたよね。
だから、お父さんが亡くなる時も通夜でも葬式でも
俺は決して泣かなかったのです。

あの頃、まだ幼稚園児だった弟はもう大学生です。
成長する毎に、顔、声、体格、なぜか仕草まで、
お父さんに生き写しと誰からも言われるようになりました。

弟が俺の結婚式で着ていたのは、お父さんのスーツでした。
「これお父さんの服」と弟に言われる迄、気付きませんでしたが。
弟はただ、ピッタリだからというだけの理由で着たようです。
しかし、それを知ったが最後、弟にばかり気を取られます。
一瞬、お父さんかと錯覚する程似て見えます。

お父さんに、今日のこの場所にいてほしかった。
そして「育ててくれてありがとう」と言いたかった。
初めてネクタイを締めた弟の姿を見せたかった。

様々な思いが去来する中、俺に「おめでとう」と言った弟の声が、
あまりにもお父さんに似過ぎていて涙を堪えきれなくなったのです。

言い付けを守れなくてすみません。
けれど、こればかりはお父さんも許してくれるのではないか、
と甘く考えていることも、正直に書いておきます。


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2007年03月13日

泣ける2ちゃんねる。

昨日は私の誕生日だった。

朝なにも言わずに出掛けていった夫が
帰宅するとなにやら紙包みを
「ほい、プレゼント」
開けてみるとお気に入りのショップの可愛いハンドバッグ。

「ったく、若い女がいっぱいいて買い物の邪魔でよぉ〜」
と悪ぶるけど仕事帰りのYシャツ姿で女のコに囲まれて
右往左往している夫を想像したら笑えるやら涙が出てくるやら・・・

「で、ホントはこれ誰と選んだの?」とからかったら
「俺に決まってるだろっo(`ω´*)o」ってムキになってやんの。

嘘だよ。大切にします。ありがとう。

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2007年03月09日

泣ける2ちゃんねる。

届いて欲しい。
ママ、そっちはどう?おじいちゃん達に会えましたか?
おととい、叔母さんも亡くなりました。
まだそっちには行ってないかな。
お父さん、癌だって検査結果出ました。
もうね、これ以上人が死ぬのは嫌だよ。寂しすぎるよ。
この1年で、お父さんは何回喪服を着ただろう。

ママが死ぬ間際に、「まだ誰も連れて行かないよ」って言ってたけど、
1人1人名前を呼んだ中にお父さんの名前が無かったのが気になってます。

まさか連れて行かないよね?
お願いだよ、この年で両親亡くすのはつらい。
来年には結婚します。バージンロードを1人で歩くの?嫌だよ。
ママに花嫁姿を見せてあげられなくてごめんね。
ママには謝りたいことばっかりだよ。
今、私も病気でつらいんだよ。
ママに会いたいよ。いつもみたいに背中を撫でて欲しい。
お父さんのことも不安でたまらない。
こういう時は、無性にママの声が聞きたいよ。
ママが生きてたらなって毎日考えます。
お願い、見守ってて。私たちを応援してください。

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2007年03月07日

泣ける2ちゃんねる。

お父さんへ
高校生だった私は 今はお母さんになっています。
結婚式も孫の顔も見ることなく逝ってしまったけど 
きっとどこかで見ていてくれてるよね。

お母さんへ
突然逝ってしまって 肝心なことをいい忘れたよ。
ありがとう…。
生きているときには 恥ずかしくて言えなくて
でも一番言いたかった言葉なんだ。

妹 なおちゃんへ
最愛の息子も 中学生になったよ。
なおちゃんそっくりだよ。
腕を切り落として 頭蓋骨までも一部切除して
痛かったでしょ。苦しかったでしょ。
泣き言一つ言わず よく絶えたね。がんばったね。
胸にチューリップをさして 炎の中へ消えて行った。
永遠の24歳だね・・・・。

みんなに届くといいな。
私は結構幸せに生きてるよ。
また家族として 巡り合いたいね。

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2007年03月05日

泣ける2ちゃんねる。

うちのおじじは俺が物心つく前からボケてた。
意味不明な写真撮ったり近所の家に帰宅したり、カラスに襲われたりと、ボケ方は半端なかった。

ある日突然俺に
「おめえとコスモス園行きたかったな。」と言ってきた。
妙に嬉しくなって来週の日曜行こうって事になった。

しかし3日後に死んでしまった。

オヤジから話を聞くと、
そのコスモス園は昔おじじが俺を連れてよく遊びに行った所だったらしい

その日に行けばよかったと後悔してる


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2007年02月27日

泣ける2ちゃんねる。

この前息子の運動会行ったんですよ、初めてね。
で、生まれて初めて息子が運動会の入場行進する姿を見たわけですわ。もう4年生なんだけどね。
正直最初は我が子の運動会見学って簡単だと思ってたのよ。みんな普通に明るく楽しく見学してるからさ。

あのね、私が間違ってた。あれは私ら夫婦が気楽に見るもんじゃない。
神だね、神が見るものだよ。
入場行進始まった時さ、めちゃめちゃびびって他の父兄の後ろからそろ〜って
カメラ構えてそろ〜っとのぞき込んだのよ
10秒くらいかけてさ。でなんかドキドキして怖くなって後ずさりちゃったのさ。
そしたら旦那がさ「もっと前でしっかり見ようよ!」とか言うの。

同じ過ちは2度繰り返さないのが私よ。
だから前に進んだのさ。えぇ、そりゃもう再前列でカメラ構えましたとも。
全てを忘れてファインダー覗き込んで息子を捜したのよ。

運動会って梅雨時とか秋の長雨時期にあるから、今までずっと息子は入院中だったり
自宅で寝込んでたりで4年生にして初めての運動会出席だって事とか
救急車で搬送中に心拍停止しかけて「いやあぁぁぁぁ!!」って叫んだ事とか
もう今朝お弁当作りながらすでに涙目になってた自分とか色々思い出しながらね。
だって旦那が前で見ようって言ったからね。

そしてらエライ事になった。
もうすごい涙。鼻がもげるのかってくらいツーンと来てすごい号泣。
カメラ覗いていても全てがぼやけて息子の姿なんか見えない。
大雨警報の高速道路でワイパー壊れたまま100キロで走ってる車のフロントガラスくらい。
もう絶対に事故ってる。
それで横見たら旦那がすごい勢いで鼻すすり上げてエグエグ泣いてんの。
周囲の父兄はドン引きしてるし。ホントごめんなさい。

正直「パパはビデオ、ママは写真、ベストショットバンバン撮るからね!」
なんて大見得切らないで素直に隅っこからコッソリ泣きながら見ればよかったと思ったよ。
心の底から再前列まで出てきた事を後悔したね。
でも運動会終わって183センチ大男のダンナ共々泣きはらした目で
「暑ー!日焼けして顔真っ赤になっちゃったじゃん。これだから炎天下の運動会は。」
とか言っちゃてんの。
ホント私達かっこわるいバカ夫婦。

神様、本当にありがとう。
・・・でも恥ずかしくて来週の授業参観&懇談会に どんな顔して出席したら
良いか分からない。
誰か助けて下さい 。


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2007年02月23日

泣ける2ちゃんねる。

この前家の庭にある遅咲きの枝垂れ桜が咲いたんですよ、春だしね。
で、天気も良かったし庭に出て散歩したわけですわ。
正直最初は庭の散歩くらい簡単だと思ってたのよ。っつーか簡単だし。

あのね、私が間違ってた。あれは私がするもんじゃない。妖精だね、春の妖精がするものだよ。
最初に庭に出る時さ、めちゃめちゃびびってツッカケそろ〜って履いて縁側に手をかけてそろ〜っと立ち上がったのよ。
10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなって縁側に座っちゃったのさ。
そしたら庭の犬がさ「早く出てこい!」とかしっぽ振ってんの。

同じ過ちは2度繰り返さないのが私よ。
だから立ち上がって桜の方に行ったのさ。えぇ、そりゃもう行きましたとも。全てを忘れて行ったよ。
一昨年死んだ心の支えだった犬と5年前に満開の桜の前で写真取ったとかその後家庭崩壊起こして大変だったとか自分の心の傷の事とか色々忘れてね。
だって犬が来いって言ったからね。

そしたらエライ事になった。
ものすごい幸せ。すごい世界が綺麗に見える。映画のワンシーン並の綺麗さ。ドラクエなら踊り子がわけなく踊り出しそう。
それで横見たら犬がすごい嬉しそうな勢いで私の事見てんの。ホントごめんなさい。

正直「ま、過去の犬は忘れて今の犬だよ!」なんて見栄貼らないで正直になれば良かった。
心の底から前の犬を忘れようとする自分を後悔したね。
でも家に戻って来てから親に「やっぱ今の犬可愛い」とか言っちゃってんの。
ホント私ってダメ人間。

ありがとうチロ。
散々だったと思えた自分の人生にも幸せだった事はあったんだとやっと気付けた、心の傷を治していつか幸せになるよ。
見守っていて下さい。

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2007年02月18日

泣ける2ちゃんねる。

神様がもし居るとしたら一つだけ願いを叶えて欲しい
お婆ちゃんの寿命をもっともっと延ばして

春位に倒れてお医者さんは3ヵ月の命だって言った。
なんて事言ってくれたんだよ。
長期の休みに入る度に貯めたバイト代で新幹線に乗って会いに行った。
でも今回は帰れない。
夏休みに帰った時に正月に何か送ってやるからって言ってくれたお婆ちゃん。
何も要らないよ。
点滴して殆ど寝てる状態になったお婆ちゃんが治ればそれでいいよ
一緒に買い物行った時、凄くゆっくり歩くようになったんだなって思った。
前より小さくなったように感じた

お婆ちゃん、また春休みに必ず会いに行くから一緒に買い物行こう
もう年明けたね。今年もまた長期休暇の度に会いに行くからね
薬もちゃんと飲んで、あんまり無理しないでね
見た目も何もかも悪い孫だけど、会いに行く度に嬉しそうに友達に自慢してくれるのが凄い嬉しいよ

もう3ヵ月以上経ったね。
お婆ちゃんはいつでも元気なお婆ちゃんで居てほしいよ
お医者さんの言った事なんて信じないから
ずっと元気でいてね

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2007年02月16日

泣ける2ちゃんねる。

去年のちょうど今頃の話なんだが。
仕事の関係で俺はほとんど日本にいなかった。
で、六ヶ月振りに日本に帰って来たんだよ。
帰ってきた港の直ぐ近くに祖母と叔父夫婦が住んでる家があったんで、土産持ってな。んで、いつも通り

「おいばばぁ!今年の夏は暑いけどくたばってへんやろなw」
とか言いながら家に入った訳。でも祖母の返事が返ってこない。いつもなら
「お前こそ死んだと思ってたわwwww」
とか笑いながら出てくるのに。

で、代わりに出てきたのが叔父。
「ばあさん、3月に脳梗塞で・・・」って突然言われたんだよ。
慌てて祖父の仏壇のある仏間に行ったら、祖父の遺影の横に祖母の遺影が。
俺もう、大声出して泣いたのよ。
祖母は大好きだったのに、その死に目にも会えなかったのかよってな。
そしたら、突然祖母の声が聞こえたんだよ。

「○○(俺の名前)、うちが死んだら笑ってやるって言ってたやないか!笑え!」

ってな。一緒にそこにいた叔父夫婦もしっかり聞こえたらしい。
もうそこからは俺も叔父夫婦も大笑いしながら大泣き。
滲んで良く見えない視界の隅で、祖母の遺影が笑ったような気がした。


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2007年02月13日

泣ける2ちゃんねる。

待ち合わせた彼女を待ってて見かけたのは、大学生風のカップルだった
男が女の子の正面に立って、何かしきりに手を動かしてた。手話だ

彼はやっと手話を覚えたこと、覚えるのは結構大変だったこと
女の子を驚かせようとして、その日まで秘密にしてたことを伝え、
女の子の方は彼が勉強してることを知らなかったこと、本当に驚いたこと、
嬉しいと思っていることを伝えて、そのうちもどかしくなったのか彼の手を握って
2度3度、嬉しそうにその場でほんの少し飛び跳ねてみたりしてた

悪趣味な盗み聞きだとは解ってたけど、その時ようやく手話を使いこなせる
様になったばかりの俺には、それは例えば外国の街で突然耳に入ってきた
日本語が気になる様に、申し訳ないけどどうしても気になる光景だった

たぶん、俺はにやけてたと思う。怪しい奴に見えたかもしれない。
でも、それは微笑ましくて、こっちまで心があったかくなる光景だった

服の裾が引っ張られる感覚に振り返ると、そこに俺の彼女が来ていた
何を見てたのかとか、顔が嬉しそうだとか、もっとはやく私に気づけとか、
微妙に頬を膨らませて、もの凄い勢いで手話を繰り出す彼女に、
俺は手話でごめんなさいと伝え、ちょっと昔を思い出してたことを伝えた

それでも彼女は少し首を傾げ、その”昔”を知りたそうな表情だったけど、
俺は笑ってごまかした
今目の前にいる女の子を驚かそうと、秘密で手話を勉強してた頃の事だ
……とは、恥ずかしくて言えなかった


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2007年02月11日

泣ける2ちゃんねる。

俺は、父方のばあちゃんには三回しか会ったことがない。
一度目、二度目はすげえ子供の頃だったから、ほとんど覚えてない。

大学受験の時、俺は大阪の大学を受験するため、
在阪のばあちゃんの家に泊まらせてもらった。
駅まで迎えに来てくれたばあちゃんは、130センチくらい。めちゃ小柄。
俺が当時175センチだったから、本当に「大人と子供」くらいの差があった(年齢逆だけど)。

ばあちゃんの家までの道の途中、横断歩道で止まった。
信号が青に変わり、さあ渉ろうかという瞬間、
赤で止まった車と俺との間にばあちゃんは飛び込み、
左手で俺をかばいつつ右手を車に向かって高く上げた。
「○ちゃん、今のうちや。早よ渡り!」

繰り返すが、当時俺175センチ。18歳。ばあちゃん130センチ。古希は超えてた。

翌朝の朝ごはんは、ばあちゃんが買っといてくれた王将のチャーハンと餃子。
二人前ずつあるのに、ばあちゃんは手をつけない。
「ばあちゃんも食べなよ」と言うと、「あては後で食べるからええねん」
と頑なに手をつけず、俺が無理やり二人前食うのをニコニコして見てた。

結局大阪の大学には落ち、その後ばあちゃんに会うことはなかった。

ばあちゃんが死んだ、と親から聞かされたのはそれから7、8年してからだ。
三度しか会ったことはないし、「フーン」と思っただけだった。
遠かったので葬式は両親だけが行った。

その日も普通に出勤し、外回りの最中さぼってゲーセンに入った。
麻雀ゲームをやっていたら、なぜか急に大学受験のときの事を思い出した。

泊めてもらった日、「目覚ましかけてるから起こさなくていいよ」と言ったのに、
翌朝心配してタイマーより一時間も早く起こしてくれた。
コタツの上に置いた俺の眼鏡と自分の眼鏡を間違えてかけていて、
「全然見えへんと思ててん、ハハハ」と笑っていた。
俺が手を引いてあげなきゃいけないのに、逆に車からかばってくれた。

麻雀ゲームやりながらボロボロ泣いた。

実は、遺族と創○学会と役所が三つ巴でモメてて、
いまだにばあちゃんの墓は立っていない。
墓が出来たら必ず墓参りに行く。
王将のチャーハンと餃子持って行くから、今度は一緒に食べような。


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2007年02月06日

泣ける2ちゃんねる。

母親が死んでから、今までごろごろしていた親父が台所に
立つようになった。
毎晩ステーキばかり。(本格的な作り方だったけど)
私は肉好きだから喜んで食べてたけど。
その様子を見て父親が「うまいか?うまいか?」ってにこにこ聞く。

ああくそったれ。
親父、母親がいなくなった私に何を食べさせたら喜ぶのか
今までほったらかしにしてたからよくわからなかったんだな。

あのな、別になんでも良かったんだよ。
夜中こっそり仏壇の前で泣いてるあなたに、
ご飯を作ってもらえるだけで良かったんですよ。
数年後、私が料理をするようになったけど、親父は何を食べても
「うまい、うまい」としか言わなかった。

それ。作ってもらえるならなんでも美味しいんだよ。


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2007年02月05日

泣ける2ちゃんねる。

お母さん大好き。
先天性の病気持ちで6歳まで病院暮らしだった私のために
たっくさんお金稼いだり毎日病院来てくれたりしてたっけ。
つらいこともあったんだろうに、いつも笑ってる顔しか思い浮かばない。

中3のときグレちゃって、高校中退したときも
「あんたが決めたことなら仕方ない」って言ってくれた。
私立でバカ高い入学金払ってくれたのに・・・・
今はバイトしてるけど、辛くて仕方ないから今月で辞める。

本当にごめんね。ばか娘でごめんね。産まれた瞬間から
迷惑かけっぱなしだね。
なのにお母さん、「持つべきものは娘だね」なんて言ってくれる。
いつも笑顔でさ。

お母さん、大好き。

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2007年02月03日

泣ける2ちゃんねる。

母ちゃんが事故で死んだとき後を追おうと思った,(♀)
一人娘の私を溺愛してくれた母だったから。
体が弱いのに私にひっついてパンダのお母さんが
赤ちゃんをなめるように、1日のまず食わず眠らずで育ててくれたように
私を抱っこしながら座って仮眠を取ってた母さん。
泣きたい事があったら、こっちが何も言わないのに
「最近悲しそうな顔してるよ。そんなときはお母さんの胸の匂いをかいだら
気持ちがすっきりするよ」と言って抱きしめてくれた母さんのために
強く生きることにしました。
でないと必死で眠らず育ててた娘が自殺なんてするほど
母サンを悲しませることはないから。
お迎えがいつ来るかわからないけど、母さんにいつか会える日を楽しみに
この世でもうちょっと悪戦苦闘してみるよ


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2007年01月31日

泣ける2ちゃんねる。

私は戦時の中、幼少時代をすごしました。
物心ついたときには母親はおらず、父は兵隊に取られ
祖父と2人田舎で暮らしていました。
家のすぐ脇には河が流れており、200mほど河を下ったところには
捕らえられた米兵を収容している建物がありました。

とある日のこと、私が芋を河で洗っていると誤って
手を放してしまいその芋を河に流してしまいました。
その芋はたまたま下流で水浴びをしていた米兵達によって
拾われました。
米兵は自分達に向かって流してくれたものだと思い
喜んで私に手を振って芋を持って帰りました。
きっとひどい扱いを受けていたのでしょう。

それから私は定期的に川下にいる米兵達に回りには
分からないように、野菜を河に流して渡すようになりました。

やがて戦果も悪化して日本軍が不利な状況になるにつれて
食糧事情は厳しいものとなりました。
もともと私と祖父の2人暮らしだったため食料で困ることは
ありませんでしたが、米兵達に食料を分け与えることは
出来なくなりました。

申し訳ない気持ちになりながらもいつも食料を流している
時間私はいつものように川岸まで行きました。
いつものように200m川下では米兵達が待っています。
近づくのは禁止されていたため当然話をすることも出来ません。
ジェスチャーで分け与える食料が無いことを伝えようと、
手を大きく振ってバツマークを作って食料が無いことを伝えます。
しかし上手く伝わらず米兵達は手を振り帰してきます。
そんな私が流す食料を楽しみにしている米兵に
何もして上げられない無力な自分に腹がたち河の水を
蹴り上げると米兵も同じように真似をします。
今度は河の中で飛び上がってみるとやはり米兵達は
私の真似をします。
何とかしてあげたい。そう思いました。

私は自分の家の畑から祖父の目を盗み少しですが
スイカやかぼちゃを取り今までと同じように河に流して
米兵に渡しました。

しかし数日後スイカを取っているところを祖父に見つかり
理由を聞かれました。
私は正直にこれまでのいきさつを話しました。
すると祖父はこう言いました。
「なるほど。お前は非国民だが非人間ではないな。」
そう言うとそれ以降畑から取った野菜を河に流して
米兵に渡すことを許してくれました。

やがて終戦を迎えたある日のこと、家の上空を数機の
戦闘機が飛来してきました。
米兵を収容していた建物があったためひどい扱いを
受けていた米兵が仕返しに空襲に来たに違いない。
祖父はそう言いました。
しかし私はそんなこと無いよ。そんなこと無いよ。
と言いました。
あの米兵たちがそんなことをするとは思えなかったのです。
やがて戦闘機からたくさんの金色や銀色の小石くらいの
大きさの物が振ってきました。
爆弾だ!
祖父は言いました。
しかし何も爆発しません。
空から振ってきたものは金銀色の紙に包まれた
チョコレートでした。
なおもチョコが降り続きました。
星のように。


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2007年01月28日

泣ける2ちゃんねる。(ちと長いです。)

昨日、親父の七回忌だった。

うちは本当に貧乏でさ、商売やってたんだけど、つぶれてシャッターがおりてる店がほとんどの寂れた商店街の隅っこに店があって、それでも「店で待っていてもお客は来ない」って両親は毎日毎日朝から晩まで注文取りに走り回ってた。
俺は五歳下の妹と二人兄弟で、小学生の頃からいつも二人で夕食を作って遅くまで両親の帰りを待ってた。
小学生の料理なんてうまいはずはないけれど、
親父は「お前たちのカレーはすごくいい味だ」ってほめてくれた。

明るい家族だったから、貧乏でも楽しかった。
休みの日には、大きな鍋とインスタントラーメンを持って海に行って、たき火をしてラーメンを煮て食べた。
おいしかったなぁ。
小学校中学校と放課後友達と遊んだ記憶はほとんどない。
妹の面倒見なくちゃいけなかったし、家の手伝いもあったし。

高校受験の時にね、
「こんな暮らしをしててもお前は貧乏から抜け出せない。
家のことはいいからちゃんと大学出て、自分でやりたいことを見つけろ」
って親父が言ってくれて、鹿児島の全寮制の高校に行かせてくれたんだ。

バイトはできなかったけど、運良く奨学金がもらえて仕送りなしで高校に通えた。
たまに帰省すると、その度にくしゃくしゃの千円札を母親に隠れて何枚か渡してくれて、「少しで悪いな」って。
そんな金使えないよな。
今でもしまってある。
35枚。

馬鹿なりに一生懸命勉強して東京の国立大に受かった。
ホントは受かっただけで満足だった。
でも、親父すごく喜んでさ
「商売がんばってるから大学行ったら仕送りしてやれるぞ」って。

大学に入ってからはバイトバイトの毎日で、何とか授業料と生活費は自分で稼いだ。
大学でも寮に入れたから家賃は楽だった。
親からの仕送りは毎月三万円。
もったいなくて使えずに郵便局の仕送り口座にお金が貯まっていって、
「好きに使っていいんだぞ」なんて手紙が来たりして。
そう言われると、苦労して送ってくれてるお金をそのままにしておくのも悪い気がして、
毎月郵便局から引き出して、銀行の口座に移してた。

卒業間近になって、大学院を勧めてくれる先生がいたけど、
早く就職して親に仕送りしてあげたいと思ってたから、断った。

そのころ、たまたま東京の親戚が亡くなって、東京に両親が来た。
何を思ったか研究室にまで押しかけて来ちゃってさ、先生に御礼なんか言ったりして。
そうしたら先生が余計なこと言い出しちゃって、大学院を親に勧めるのよ。
親父またまた喜んじゃって「なんで断ったりするんだ」なんて叱られちゃったりして。

結局、大学院にも進ませてくれた。
同じ大学の大学院に行くときも入学金って必要なんだよね。
毎月の三万円積み立てから25万円出した。
初めて仕送りを使った。

大学院に行ったら、研究で食っていけるかななんて思い始めて、
学振の特別研究員に受かった(月に20万も給料が出る)こともあって
、修士終わってから博士課程に進むことにした。

博士になったら学生なのに仕送りができる!って内心かなりうれしかった。

修士論文を提出した日。
初めて母親から研究室に電話。

「どうしたの研究室に電話なんかして。修士になったよ。次は博士だぞ。」
「あのね、お父さん、ここ何日かずっと調子悪いって言ってて、今日胃カメラ飲んだの。
 写真見せてもらったら、ものすごい状態だった。」って。
末期の胃ガン。
背中の方に向かって進行していたから、食欲も衰えずに気づかないことがあるらしい。

目の前真っ暗。
頭の中真っ白。
「そんなわけないだろっ」って大声で叫んでしまって、
同じ研究室の学生に「どうしたんですか」って。

医者に電話したら「一日でも早く手術しないと」って話で、
友達にお父さんが医学部の教授ってやつがいて、そいつに頼んで
「消化器ガンなら日本一」って先生を紹介してもらった。

三日後に入院して七日後に手術。
胃全摘、脾臓全摘、膵臓半分摘出の大手術。

手術の前の晩、親父と二人で人気のない病院のロビーで、手術のこと話した。
地元の病院で撮った胃カメラの写真を見て、自分の病気はよく知っていた。
どんな状態かも知っていた。
でも「悪いところ取って、ようやく第二の人生だな」と笑って言っていた。
明るい親父に家族はどれだけ救われたか。

手術が終わって、先生に摘出した臓器を見せてもらった。
金属製のバットに山盛り。
こんなに取っても人間は生きられるのかって思った。
先生は「取れるところはすべて取りましたよ。後は抗ガン剤で転移巣をやっつけます。」と言っていた。
でも、手術後少ししてからずーっと背中に激しい痛み。
抗ガン剤も効果はいまひとつ。
俺と妹と母親と、親戚の家から毎日病院に通って交代で夜通し付きっきりの看病。
妹は50kgから30kgに激やせ。

もう痛みが我慢できないと言うので、真っ赤なモルヒネ錠剤を経口で投与して痛みを抑えてた。
モルヒネが効いているうちはなんとか普通の感じ。
車いすに乗っけて、中庭に連れて行ったりもした。

俺、親父と二人っきりでいたことなんてないからなんとなく気まずくて、
車いすを景色のいいところに押していって、少し離れたところでぼーっと座ってた。
「近くにいてくれないか」と言われて近くに行ったら、
子供の頃手をつないでもらった時とは比べものにならないくらい細くなった腕を膝掛けから出して、
しわしわになってしまった手でぎゅっと手を握られた。

二人で声も出さずに泣いた。

ある日「五年後の話をしてくれないか」とベッドの父に聞かれて、

「俺は29だからたぶん大学で研究してるな。
 妹は24か。結婚して子供もできてるかもよ。
 お母さんは、うーん、まだ店がんばってるんじゃない?
 お父さんは、退院しても胃がないから、毎日グルメ番組見て、
 あれがうまそうだ、とか、これ買ってこい、とかわがまま言ってるかもよ」
なんて答えてた。

そんなに長く生きられるなんて俺も親父も思っていなかったくせに。

五年後がどんなに遠い未来なのかも分かっていたくせに。

結局、親父は死んでしまった。
手術から三十三日。
病院で胃カメラ飲んでから四十日。
62歳の誕生日から十日。

夕方研究室から病院に行ったら、もう息を引き取ってた。
「実験してるだろうから、呼ばなくていいぞ」って言ってたらしい。
最後に何かを言い残したらしい。
でも、俺は親父がなんて言ったのか知らない。
悲しすぎて知りたくない。

あんな大手術をさせて、殺してしまったのは俺だって、ずーっと思ってる。
俺が手術をすることを決めて、家族もみんな俺の言うことに納得してくれて、
でもその結果、親父をあっという間に殺してしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
ごめんな、お父さん。
本当にごめんな。

葬式。
親戚が「まだ学校に行かせてるのか」なんて、何にも知らないくせに母親に言ったりしてた。

「この子はお父さんのできなかったこと頑張ってるんだから、
 私一人でも最後まで学校に通わせるつもりです。
 この子はお父さんの夢なんです。」 って、言ってくれた。

ドアの向こうでそれを聞いていた。
親は有り難いと思った。
もう泣かないつもりが、止めどなくあふれた。

お父さん。

あれから六年だな。
俺は大学で毎日研究をしてる。
今年、学会で賞をもらった。
去年、結婚した。

大学に入ってから仕送りしてくれたお金で、婚約指輪を買ってやった。
お父さんからだぞって言って渡した。

かずはお母さんの仕送りと俺の給料でなんとか大学に行かせてやれた。
四年で卒業して就職して、おととしお嫁に行った。
キャリアウーマンとかいって、かっこつけて歩いてるくせに、少し太った。
幸せそうだけど、たまに夫婦げんかをして泣きながら電話をしてくることがある。

お母さんは、一人で店を頑張っている。
一緒に住もうと言ってもまだ頑張るって、言うことをさっぱり聞いてくれない。
お父さんへの恩返しはもうできないけどさ、
お母さんと妹といつか生まれてくる俺の子供に精一杯のことをしてあげるつもりでいる。
お父さんの描いた将来に少しは近づいているのかなぁ。

俺が生まれてからお父さんが酒もたばこもやめたって葬式で聞いた。
酒は飲めないんだと思ってた。
そんなことを聞いてから今まで、酒を一滴も飲まなかった。

昨日、法要が終わってから、
高校生の頃お父さんがくれた千円札で瓶ビールとチューハイを買ってきた。
千円札を出すとき涙がでたよ。
違うお札にしようかと思ったけど、やっぱり使ってみた。

うちの奥さんと、お父さんの話をしながら酒を飲もうかと思ったんだ。
うちの奥さんは結構酒が飲めるらしい。
二人で初めて飲む酒はきっと楽しい酒だ。

さっきメールが来て、夕食はカレーだって。
俺が昔作ったのよりずっとうまいカレーをお父さんと一緒に食べたい。
カレーを食べながら話したいことがまだまだたくさん、たくさんあるんだ。


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posted by akita at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ●泣ける2ちゃんねる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする